攻略アドバイス

スポーツドクター 原 邦夫先生からのランニング障害予防アドバイス

ランニングによる障害発生の原因と誰にでもできるセルフケア

ランニングによる障害はサッカー、ラグビー、バスケットボールのように複雑なステップワークやジャンプ動作でバランスを崩すことは少なく、相手選手からのコンタクトによる外傷も生じることはありません。走るという一見単純な動作を繰り返すことが障害の原因となり、多くの場合にはオーバーユースが引きがねになって生じています。ランニング障害は広範囲に及ぶためすべてをお話しすることはできませんが、頻度の高い膝関節、足関節周囲について生じやすい原因、対処方法をお話ししたいと思います。

まず、ランニング障害を生じてくる動作によって大別しますと、

  • 【1】着地動作の繰り返しによって体重を支えている関節に衝撃が加わることが原因になる場合
  • 【2】ランニング動作で体を前に進めるために必要な推進力を生み出すために引き起こされる場合

の大きく2つに分かれると考えています。

【1】着地動作の繰り返しによって体重を支えている関節に衝撃が加わることが
原因になる場合
体重を支えている筋肉の役目

体重を支える動作では、障害が発生しやすいのは関節周囲で、特に膝関節の頻度が高くなります。膝関節で体重を支えるための筋肉は大腿四頭筋(だいたいしとうきん)と言われる太ももの前にある筋肉です。この筋肉はランニングだけではなくジャンプの着地動作で衝撃の吸収を担う重要な役目をしていて、人間の関節ではもっとも大きな筋力を発揮する部分です。

この筋力は膝蓋骨(しつがいこつ:お皿の骨)に伝達され、さらに膝蓋骨から膝蓋腱(しつがいけん:アキレス腱のように大腿四頭筋と脛骨(けいこつ:すねの骨)をつなぐ役目の組織)を介して脛骨に伝えることで発揮されています。この時には膝蓋骨は大腿骨(太ももの骨)に押し付けられながら筋肉に引っ張られて上下にスライドを繰り返しますので、二つの骨の軟骨は圧迫されながら動作を行っています。この大腿四頭筋、膝蓋骨、膝蓋腱は一つの大きな筋肉の連続と考えられ、膝関節を伸ばしたり着地動作の時には衝撃を吸収するショックアブソーバーとして大変重要な役目をしています。

体重を支えている筋肉の役目
体重を支えることから生じる症状

「走る」という動作は股関節、膝関節、足関節を歩くよりも広く動かして、歩幅(ストライド)を大きくしています。さらに歩数(ピッチ)を多くすることで移動スピードを大きくしています。この運動では、関節を動かしている筋肉を強く使って関節の可動域を広げますが、長時間これを繰り返すということは筋肉の疲労が必ず生じてきます。
「歩行」では必ず片方の足が地面についているのに対して、「走る」という動作では両足が地面から離れている瞬間があり、歩幅(ストライド)を広くするために前方へジャンプしていることになります。スピードが出ている時には、ジャンプの距離が広くなり、着地時の衝撃も強くなってきます。この時は体重を支えるための衝撃が各関節にかかって障害の原因になることが考えられます。

マラソンや練習などで長時間にわたり着地動作を繰り返しますと、後半になると軟骨への負担が蓄積して、膝関節の内側や膝蓋骨の奥のほうに痛みを感じることになります。この状態が続きますと膝蓋骨の裏側にある軟骨の性能が悪くなり、軟骨軟化症(なんこつなんかしょう)や軟骨の変性を引き起こし、普段の練習でも着地のたびに疼痛を覚えたり関節に炎症が生じて、いわゆる「膝に水がたまる」関節水腫(かんせつすいしゅ)の原因になります。お皿の軟骨の障害は膝蓋軟骨軟化症(しつがいなんこつなんかしょう)という病名で、一般にはランニング膝と呼ばれることもあります。
とくに起伏の多いコースでのランニングでは、上りでは体を前方だけでなく上方にも持ち上げる必要があり、下りでは着地の衝撃が平地のランニングよりも強くなるため、大腿四頭筋や膝蓋骨の裏側にある軟骨への負担は想像以上に大きくなります。

このように体重を支えてクッションの役目をしている軟骨への負担を軽減させるためには、大腿四頭筋の筋力に加えて長時間の着地動作を支えるための筋持久力が欠かせない能力になります。

体重を支えることから生じる症状
【2】ランニング動作で体を前に進めるために必要な推進力を生み出すために
ひきおこされる場合
筋肉と腱の役目

走るためには足関節や膝関節そして股関節を広く動かして体を前に進める動作を繰り返します。関節を動かす力は主に筋肉の収縮力で生み出されますが、筋肉は動かす関節の近くでは、腱(けん)という組織になって骨に付着しています。腱の組織は、筋肉よりも柔軟性は乏しく、骨に硬く付着しています。代表的なものは、足首ではアキレス腱で、ふくらはぎの筋肉から移行してかかとの骨(踵骨:しょうこつ)につながっています。膝関節では、膝を伸ばすための大腿四頭筋の力を伝えるために膝蓋骨と脛骨をつなげる膝蓋腱があります(前述)。走る動作を長時間行っていると筋肉に疲労が蓄積することで痛みが生じてきます。また、長時間の運動を行えば筋肉の収縮による牽引力によって柔軟性の乏しい腱にも疲労が蓄積し、悪化すれば炎症を生じます。炎症は腫れや痛みの原因になり、代表的なものはアキレス腱周囲炎やアキレス腱炎になります。

ランニング速度の増加により生じる症状

推進力を生み出すために負担がかかりやすい部分は、脚では、地面を後ろに蹴ったり、引きあげたり、引き付ける部分になります。膝関節では、関節を曲げて引き付けるときに使う半腱様筋(はんけんようきん)や薄筋の総称ハムストリングや大腿二頭筋(だいたいにとうきん)などの太ももの裏側の筋肉になります。足関節では、ふくらはぎの筋肉がその役目をしており、かかとの骨に付着するアキレス腱の部分に力を集中して地面を後ろに蹴って推進力にしようとしています。
例えば、100m走などの短距離選手では、膝を曲げる筋力はすごく強く、サッカーやラグビー選手よりも強いことが特徴です。マラソンの練習をしていて少しずつスピードを速くして、長い時間を走ろうと頑張れば、筋肉ではハムストリングの疲労やふくらはぎに張りや痛みが出てきます。疲労が溜まっている時に、無理にスピードアップをしようとすると、痛みや軽い肉離れ(筋膜炎)のような症状が現れてきます。

筋肉の痛みがなくても筋肉と骨をつないでいる腱の部分では柔軟性が乏しいために疲労がたまりやすいです。慢性の炎症が生じた場合には、膝では鵞足炎(がそくえん:ひざの内側ハムストリングの付着部の炎症)や大腿二頭筋炎(膝の外側の炎症)、足首ではアキレス腱炎やアキレス腱の補助の役割をして足首のバランスをとる腓骨筋腱炎(ひこつきんけんえん:外側のくるぶしから第五中足骨の付け根に走っている)が起きてしまいます。

膝関節の屈曲、伸展を長時間繰り返すとことによって生じる炎症もあります。少し役目は異なりますが、太ももから膝の外側に広く張り付いている腸脛靭帯(ちょうけいじんたい)という部分があります。この腸脛靭帯は、膝の屈伸時に大腿骨の外側の隆起(大腿骨外顆)と擦れやすく、腸脛靭帯炎腸脛靭帯摩擦症候群:ちょうけいじんたい まさつしょうこうぐん)という長距離ランナーに特徴的な炎症を生じます。

障害の原因からの予防と筋力強化

今までお話ししたランニングによって引き起こされる障害の原因から考えると、予防は、

  • 【1】着地時の関節にかかる衝撃を和らげることと
  • 【2】スピードを上げるために関節を動かす筋肉に疲労をためないこと

が大切になってきます。
激しく収縮、伸展を繰り返した筋肉には老廃物が産生されます。代表的なものは乳酸です。筋肉内に老廃物が溜まってくると、筋肉はみなさんも経験されているように、パンパンになっている状態となり、筋肉の円滑な伸縮が困難な状態になります。この結果、本来の筋肉が持っている筋力を発揮することが難しくなります。着地時に体重の衝撃を緩和する働きを担っている大腿四頭筋の疲労では着地の衝撃をクッションの働きをしている関節軟骨や膝蓋骨の裏側の軟骨に影響が生じますので、大腿四頭筋の強化は不可欠と考えます。強化する場合にもジャンプ競技ではありませんので、自分の体重を使ったスクワット系の練習やKBWと呼ばれる膝を屈曲しながら歩幅を広げてのウォーキングなど負荷の強すぎないトレーニングがお勧めです。

スピードを上げるための脚の後ろ側の筋肉の疲労が蓄積してくると地面を強く蹴れなくなり、膝の素早い引き付けができません。結果的に運動時の関節可動域が小さくなり、ランニング時のストライドを維持できない状態になり、当然スピードの維持は難しくなります。この改善や予防には膝を引き付けるレッグカールのように関節を曲げる筋肉の強化が必要になります。足関節ではカーフレイズと言われるいわゆる爪先立ちのトレーニングが必要になってきます。

練習による蓄積疲労の取り除き方

日ごろにこれらの強化を行っていても、マラソン大会を一生懸命走ったり、いつもよりも負荷のかかる練習をした場合には、筋肉の疲労や関節への負担は起こってきます。

もっとも大切なことはトレーニングや大会出場によって生じた疲労や炎症を慢性にならないように、日ごろから自分の体の手入れを怠らないことが重要になります。筋肉への疲労が蓄積しないためには、運動中に筋肉内で産生されて、蓄積した老廃物を早く取り除く必要があります。使われて老廃物が溜まった筋肉は柔軟性の低下した硬い筋肉になってしまっていますから、まず多くの人が行っているストレッチを十分時間をかけて行うことで、柔軟性を取り戻すことが必要になってきます。老廃物がたまってパンパンになってしまった筋肉の中にある血管は、かたまった筋肉で圧迫されることによりさらに循環も悪くなっています。

運動時には筋肉を十分働かせるために、血液中の酸素をたくさん使って筋肉の伸展、収縮を行っています。このため血液の循環を活性化させる必要があり、血管も拡張し心泊数も多くなっています。この血液の中には運動で必要な酸素も供給されてきますが、運動には不必要な乳酸に代表される老廃物も流れ込んできます。

運動中には酸素供給を妨げることはできず、老廃物の流入も抑制できないわけですが、運動が終了してしまえば、筋肉の収縮に必要な酸素供給は制限できます。運動後には血液の循環を制限することによって老廃物の流入を抑制する必要があると考えています。このために酷使された筋肉をアイシングで冷却し、筋肉内に分布している血管を収縮させることにより、血液供給を制限し老廃物の流入を抑制する必要があります。

また運動中に産生されて血管から流入してきた老廃物は、運動後には筋肉内に蓄積された状態になります。疲労を慢性化させないためには、この状態を運動した日に改善する必要があり、今度は筋肉に蓄積されてしまった老廃物を流し出さないといけません。運動直後に冷却して、抑制していた血流をふたたび促進させて、筋肉内に蓄積した乳酸を運び出すために、循環を良くさせることが重要になります。

このために選手のひとは筋肉のマッサージをトレーナーさん達にしてもらうことも一つの方法ですが、一般の方にとっては現実的に難しいです。もっと手軽に行えて費用も掛からず毎日行える方法としては交代浴がおすすめです。入浴時に湯船に入って疲労の溜まっている部分を十分に温めて自分でマッサージを行います(約3分間)。軽く痛みが出る程度の強さが最適です。次に体を洗う前に疲労しやすい部分、筋肉の張っている部分、アキレス腱などの炎症の起こりやすい部分をシャワーの冷水で冷やします。温水と冷水の温度差が大きい方がよいのですが、冬なら水道水のシャワーはかなり低温なので効果的です。

このケアを2~3回繰りかえしてください。温浴時には血管は拡張し、冷水時には血管は収縮しますので、温度差による血管の循環刺激を行うことができ運動時に蓄積された乳酸などの老廃物の吸収を促すことができます。

好きなランニングを長く続けるために

ランニング障害の原因についてお話ししましたが、同じかそれ以上に大きな原因はやはりオーバーユースになります。競技選手では、ちょっとでも良いタイムをめざし、ライバルよりも先にゴールするために練習の強度、量を積み重ねます。われわれ市民ランナーも走るからには目標のタイムで走りたい、昨年よりも速くゴールしたいと思って、練習の内容をだんだん多くしていくことが想像できます。

練習量が増やせることは良いことですが、今までにないストレスが脚だけではなく体の中や体調にもじわじわと蓄積されることになってきます。
強い練習を行ったあとや大会で良い結果が出た後ほど、ご自身の脚をいたわって疲労が蓄積していかないように、人に頼らずにでもできるセルフケアを習得して、好きなランニングを長く続けられる脚を作っていただきたいと願っています。

関連リンク

  • AIMS(国際マラソン・ロードレース協会)
  • JAAF(一般財団法人 京都陸上競技協会)
  • スポーツ振興くじ「toto」
  • 都市政情報
  • InterFaith 日本プログラム
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